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2012/04/22 19:35
木嶋佳苗
【対/荒魂】 46%
【輪/和魂】 54%
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【我/妖鬼】 61%
【空/精霊】 39%
和魂やや高め。
妖鬼高め。
【実/仙人】 28%
【想/幻獣】 13%
【治/巨人】 21%
【導/魔王】 16%
【育/巫女】 22%
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仙人が高く、幻獣が低い。
内向性を感じさせます。
【信仰】対立 69% 調和 31%
【修行】対立 65% 調和 35%
【交流】対立 67% 調和 33%
【感情】対立 83% 調和 17%
【交換】対立 33% 調和 67%
感情における対立の高さは、緊張。
能動においては対立がやや高めなのに注目。
【信号】対立 33% 調和 67%
【性質】対立 60% 調和 40%
【成長】対立 18% 調和 82%
【進行】対立 17% 調和 83%
【知覚】対立 14% 調和 86%
成長進行における調和の高さは、未熟。
知覚における調和の高さは、柔軟。
受信において極端に調和が高い。
見た目は大人しいと言ったふうな。
内向的行動といいますか。
オタク性といったらいいかもしれません。
【知/猿】 25%
【華/鳥】 27%
【武/猫】 21%
【徳/犬】 26%
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ほぼ均衡。
鳥が高く、やや高貴な印象。
【神/使命】
対立 56% 調和 44%
実 21% 想 7% 治 19% 導 33% 育 21%
【動物/発信】
対立 54% 調和 46%
実 15% 想 13% 治 23% 導 29% 育 20%
【植物/受信】
対立 45% 調和 55%
実 36% 想 15% 治 33% 導 4% 育 13%
【物/宿命】
対立 38% 調和 62%
実 36% 想 16% 治 11% 導 7% 育 30%
使命における導の高さは、魅惑。
発信における導の高さは、牽引。
受信における実の高さは、受容。
宿命における実の高さは、純朴。
こう見ると、なんだか木嶋被告像とかぶってくるというか。
男性に対して魅惑的で、姉さん女房で、懐が深くて、純朴そう。
つまり、犯人だとしたら、外見に騙される要素満載ですね。
ただし太専に限る(汗)。
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水山蹇
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フォーチュナ・マイナー
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土人2土霊2
木嶋被告の職業がよくわからないし。
肩書き被告人というのもあれだし。
ということで、魔方陣でカード名を作ってみました。
「村の異邦人」
土人と土霊の組み合わさったカードとなります。
人口の少ない地域の更にマイノリティ。
何か彼女の孤高さを感じさせるような。
魔方陣はおいおい分類していくので、まだ仮名ということで。
価値自由について再度考えてみましょう。
価値とは何か。
マックス・ウェーバーさんの仰る通り、それが主観であるとしたら、価値は価値がないと言えてしまうのかもしれません。
主観はその人だけの価値ですから。
つまり、私がその人の顔が好きということは私の価値でしか無い。
木嶋被告が美人だという人の価値観は私は分からない。
でも、美人女優を美人といったとき、私の価値は他人の価値と共有しうる。
似顔絵も同じで、似てるというポイントが他者と同じであれば、それは似顔絵となる。
価値の集積、それが価値と言えます。
死刑制度はまさに日本人の価値の集積と言えましょう。
法律が価値の集積でできたものとすれば、死刑存続は当然です。
そもそも、法律の根本に客観などあるのか…。
なぜ人を殺してはいけないか?ということに客観などあるのか。
客観は枝葉にしかないのではないか。
情況証拠。
これも集積なんですよね。
客観的な実ではない。
しかし、主観の集合である。
主観の集合は実ではないが、限りなく客観的である。
つまり、似ている。
この連続不審死事件において、検察官が論告で述べた言葉が印象的でした。
「窓の外には夜空が広がっている。夜が明けると、雪が積もっている。雪がいつ降ったか見てなくても夜中に降ったと認定できる」
常識で考えろという意味です。
裁判員制度は「常識」を期待された制度であり、「常識」というのはまさに判断の集積なんですよね。
顔が似た人がさっきから同じ場所にいる。
彼は双子の兄弟もいない。
指紋や遺伝子なんか調べなくても同一人物だと分かるということです。
指紋や遺伝子は物的証拠です。
実である、同じである。
主観を挟まない、客観的証拠、とされる。
しかし、この物的証拠でも最近冤罪がありましたね。
足利事件は実は実じゃなかった、科学の密室性の危うさを感じさせる事件でした。
実って、専門的で、主観で判断できないんです。
私たちはそれを信じるしか無い。
だから、専門家が多角的な検証をするためにも公開が極めて重要になります。
物的に同じであるということは目に見えない。
対して、似ているということは目に見える。
いや、目に見えすぎるほどです。
情況証拠は主観が暴走する危険性がある。
ゆえに冷静に判断するための密室性が必要となるでしょう。
公開裁判になれば、当然、情に訴えかけるような裁判になるのは明白です。
じゃあ、主観はいらないかといえば、そもそも裁判は人が行うものであって、客観だけにすれば、書類だけで済みます。
やっぱり民主主義ですから、人が人を裁くということです。
「常識」は主観の集積と客観への信頼で成り立つ。
常識もまた難しい。
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